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東京高等裁判所 平成4年(ネ)2655号 判決

控訴人(附帯被控訴人・被告) 合資会社小川工業所

右代表者無限責任社員 宮下勇次郎

控訴人(附帯被控訴人・被告) 櫻庭建治

右両名訴訟代理人弁護士 中嶋一麿

同 三枝久

同 田中耕輔

同 松本憲男

同 吉田正史

被控訴人(附帯控訴人・原告) 岡田光雄

右訴訟代理人弁護士 山本隆幸

同 木村利栄

同 戸田浩介

同 五木田茂

右山本隆幸訴訟復代理人弁護士 武中洋司

主文

一、本件控訴をいずれも棄却する。

但し、原判決主文一及び二の各2の「同第二物件目録二記載の建物」の表示を「本判決別紙第二物件目録二記載の建物」のように、原判決主文一及び二の各3の「同第二物件目録三記載の建物」の表示を「本判決別紙第二物件目録三記載の建物」のように改める。

二、本件附帯控訴及び当審における追加的請求に基づき、

1. 原判決中被控訴人(附帯控訴人)の敗訴部分を取り消す。

2. 控訴人(附帯被控訴人)合資会社小川工業所は被控訴人(附帯控訴人)に対し、本判決別紙第三物件目録(1)及び(2)の車庫を収去して原判決別紙第一物件目録一(1)及び(2)土地を明け渡せ。

3. 控訴人(附帯被控訴人)らは、各自、被控訴人(附帯控訴人)に対し、

(一)  二九二万二三〇三円及びこれに対する平成四年一月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、

(二)  平成四年一月一日から

(1)  原判決別紙第一物件目録一(1)の土地の明渡し済みに至るまで一月金一一万八七九五円の割合による金員を、

(2)  同物件目録一(2)の土地の明渡し済みに至るまで一月金六万〇九四五円の割合による金員を、

(3)  同物件目録一(3)の土地の明渡し済みに至るまで一月金六万一二七〇円の割合による金員を、

(4)  同物件目録二の土地の明渡し済みに至るまで一月金三万五四〇九円の割合による金員を

それぞれ支払え。

三、訴訟費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴の趣旨

1. 原判決中控訴人(附帯被控訴人)(以下「控訴人」という。)ら各敗訴の部分を取り消す。

2. 被控訴人(附帯控訴人)(以下「被控訴人」という。)の請求をいずれも棄却する。

3. 訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二、控訴の趣旨に対する答弁

1. 本件控訴を棄却する。

2. 控訴費用は控訴人らの負担とする。

三、附帯控訴及び当審における追加的請求(被控訴人が当審第二回口頭弁論期日において陳述した平成四年一一月一九日付「請求の趣旨及び原因の一部変更申立書」は、附帯控訴の申立を含むものと解する。)に基づく被控訴人の請求

1. 主文二及び三と同旨

2. 仮執行の宣言

四、附帯控訴及び当審における追加的請求の趣旨に対する答弁

1. 附帯控訴及び当審における追加的請求は、いずれも棄却する。

2. 附帯控訴及び追加的請求に係る訴訟費用は被控訴人の負担とする。

第二、当事者の主張

一、次のとおり付加訂正するほかは、原判決中の「第二 事案の概要」(三枚目裏一〇行目から九枚目表末行まで)の記載と同一であるから、これを引用する。

1. 原判決四枚目表七行目の「各土地」の次に「(以下、同目録一(1)の土地を「本件一(1)の土地」と、同(2)の土地を「本件一(2)の土地」と、同(3)の土地を「本件一(3)の土地」と同二の土地を「本件二の土地」といい、まとめて「本件各土地」という。)」を加える。

2. 原判決六枚目表九行目の「調停」の次に「(以下「本件調停」という。)」を加える。

3. 原判決七枚目裏七、八行目の「別紙第二物件目録一記載の建物」の次に「及び本判決別紙第三物件目録(1)、(2)記載の車庫」を加える。

4. 原判決八枚目表八行目の「意思表示」の次に「(以下「本件解除の意思表示」という。)」を加える。

5. 原判決九枚目表九、一〇行目に「原告は一二一分の四〇〇平方メートルにつき一か月一二四〇円と主張する。」とあるのを「被控訴人は、本件各土地の使用損害金の額について、本件各土地に対する固定資産税及び都市計画税の合算額の三倍(月額はその一二分の一)の額が適正であると主張する。」と改める。

6. 原判決別紙第二物件目録二及び三の建物の表示を本判決別紙第二物件目録二及び三のようにそれぞれ改める。

二、当審における当事者の主張

1. 控訴人らの主張

控訴会社の無限責任社員が河合歌子から控訴人櫻庭に変更されたことをもって、本件各土地の賃借権の譲渡であるとし、本件各土地についての賃貸借契約について解除権の発生及びその行使を認めることは、次のような理由から、不当というべきである。

(一)  本件調停以前において本件各土地を賃借人として使用していたのは小川一族であったが、それにもかかわらず本件調停において、本件各土地の賃借人を小川一族であると確認せず、控訴会社であることを確認したのである。そして、本件調停においては、控訴会社の無限責任社員を小川一族に限定する旨も定められていない。本件調停において賃借人が法人であるとされた以上、その代表者の交替の可能性のあることは当然のことであり、その交替をもって本件各土地の賃借権の譲渡と目すべきものではない。合資会社の無限責任社員の交替をもってその会社の有する借地権の譲渡であって賃貸人の承諾が必要であり、その承諾を求めるか又は承諾に代わる借地非訟の申立をすべきであるとは到底いえないものというべきである。そして、控訴会社の無限責任社員は、河合歌子から控訴人櫻庭に、次いで宮下勇一郎に替わったが、本件各土地の使用の実態にはなんらの変更もないのである。

控訴会社の無限責任社員が河合から控訴人櫻庭に交替するに当たり、河合に対し一二億円強の金員が支払われたが、本件各土地の借地権価格は、現在は土地価格の値下がりにより約二〇億円であるが、右交替当時は四三億円を超えるものであったことに照らしても、右は本件各土地の借地権の譲渡の対価ではなく、無限責任社員の地位の譲渡の対価である。

(二)  賃貸人と賃借人との契約関係は、賃料の収受という面が重要視されるべきであり、人的関係は契約継続の要素ではないものというべきであるから、賃借人が賃料を確実に支払うことができる限り、賃貸人と賃借人との信頼関係は破壊されるものとはいえないものというべきである。本件において、被控訴人は、その所有に係る本件各土地のほか多数の土地を賃貸し、賃料の収受をするという地主であるから、賃料を確保させることで被控訴人に対する保護としては必要十分というべきである。

(三)  被控訴人は、本件解除の意思表示の後約二年半余りにわたって一月三三万円余の賃料を受領していたから、本件各土地の賃貸借契約についての解除権を放棄したか、控訴会社の債務不履行につき宥恕したものというべきである。

(四)  控訴会社の無限責任社員の変更は、会社内部の事情に過ぎないもので、この変更により被控訴人はなんらの不利益を受けるものではない。右のように、会社内部の事情により、少なくとも約二〇億円の価値のある借地権を控訴会社が喪失し、被控訴人がこれを取得することとなるのは、著しく不公正であり、本件各土地の明渡請求は権利の濫用として、許されないものと解すべきである。

2. 控訴人らの当審における主張についての被控訴人の反論

(一)  被控訴人は、本件各土地を、当初から、中幸次郎、その娘婿である小川善太郎に対して賃貸してきたものであり、右賃貸借関係は、被控訴人と同人との信頼関係に基づくものであった。そして、本件調停において、本件各土地の賃借権の同人から控訴会社への譲渡についての被控訴人の承諾は、控訴会社が小川善太郎の一族により支配、経営される限り、従前の信頼関係が維持継続されるものとの前提でされたものであり、小川一族と全く無縁であり、しかも地上げ屋の控訴人櫻庭が本件土地の賃借権の取得を目的として控訴会社の無限責任社員に就任することなど、全く予想できなかったものである。控訴人櫻庭は、平成元年一二月頃、河合歌子、河合秀治及び河合令子から控訴会社の持分全部を代金約一二億円で買い受け、控訴会社の無限責任社員に就任し、控訴会社に対する全面的支配権を掌握したものであるが、その目的は本件各土地の賃借権を取得し、これを第三者に転売して利益を得るためであった。このように、控訴会社の経営が小川一族の手を離れ、控訴人櫻庭の支配するところとなり、しかも同控訴人の控訴会社の持分の取得及び無限責任社員としての入社の目的が本件各土地の賃借権の取得にあることを考慮すると、右控訴会社の持分の譲渡及び無限責任社員の交替は、実質的に本件各土地の賃借権の第三者に対する譲渡というべきである。そして、本件調停の調書に控訴会社の無限責任社員を小川善太郎一族に限る旨の条項がなくても、右のように、実質的に本件各土地の賃借権の第三者に対する無断譲渡と同じ結果が生じるような無限責任社員の交替は、本件各土地の賃借権の譲渡と同視すべきであり、被控訴人の承諾を要するものというべきである。

(二)  控訴人らの前記(二)の主張は争う。

(三)  控訴人らの前記(三)の主張は否認する。被控訴人は控訴会社から本件各土地について賃料を受領していない。控訴会社は、本件解除の意思表示前から、被控訴人との合意賃料ではなく、控訴会社が勝手に決めた額の賃料を被控訴人の銀行口座宛に送金し、本件解除の意思表示後においても、右額の金員を送金していたものであるが、被控訴人は本件各土地の明渡済みまでの使用損害金の一部の充当する予定で預かっているものである。したがって、右金員を預かっていることをもって、被控訴人が本件各土地についての賃貸借契約についての解除権の放棄又は控訴会社の債務不履行についての宥恕と認めることは許されないものというべきである。

(四)  控訴人らの前記(四)の主張は争う。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、当裁判所は、控訴人らの本件控訴をいずれも理由がないからこれを棄却すべきであり、被控訴人の附帯控訴及び当審における追加的請求はいずれも理由があるのでこれを認容すべきであると判断するものであるが、その理由は、次の1のとおり改め、2を付加するほかは、原判決「第三 争点に対する判断」(九枚目裏初行から一二枚目裏五行目まで)と同一であるから、これを引用する。

1.(一) 原判決九枚目裏三行目から一〇枚目表四行目までを次のとおり改める。

「1 いずれも成立に争いのない甲第四号証、同第一〇号証、同第一四、一五号証、原審における被控訴人本人尋問の結果により成立の真正を認めることができる同第一九号証、原審証人正田茂雄の証言、右被控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。

控訴会社は、かねて本件各土地についての賃借権を他に譲渡したいと考えていたところ、平成二年五月頃、控訴人櫻庭から会社ごと売ってほしい旨の申入れを受けたので、当時控訴会社の無限責任社員であった小川善太郎の子である河合歌子、有限責任社員であった同女の夫河合秀治及び同人らの子である河合令子は、その各持分全部を代金約一二億円で控訴人櫻庭に譲渡し、同月二四日同控訴人が控訴会社に無限責任社員として入社し、その登記を了した(以下、右持分の譲渡及び無限責任社員の交替をまとめて「本件無限責任社員の地位の譲渡・交替」という。)。河合歌子は出資の価額一五万円の有限責任社員となり、その旨の責任変更の登記がされ、また、河合秀治及び河合令子もそれぞれ出資の価額が従前どおり一〇万円及び九万九〇〇〇円の有限責任社員として残ったが、右三名が控訴会社の有限責任社員として残ったのは、控訴会社の行政官庁等に対する事務手続を円滑に進めることができるように、同人らが協力するための便宜からであり、同人らが有限責任社員として権利を行使し、義務を尽くすことは予定されていなかった。他には控訴会社の無限責任社員及び有限責任社員は存しない。そして、本件無限責任社員の地位の譲渡・交替に当たり、控訴会社は、控訴人櫻庭の要望に基づき、駐車場契約等本件各土地に関する従前の契約関係を解消して清算し、本件各土地に対する賃借権のみを残した。控訴会社は、本件無限責任社員の地位の譲渡・交替の直後、原判決第二物件目録一の建物に対し、債務者を控訴会社の現無限責任社員である宮下勇次郎とし、根抵当権者を大韓民国に本店を有する株式会社韓国外換銀行とする極度額三〇億円の根抵当権を設定し、その登記手続をした。」

(二) 一二枚目表七行目から同裏五行目までを次のとおり改める。

「被控訴人は、本件各土地の使用損害金の額について、本件各土地に対する固定資産税及び都市計画税の合算額の三倍の額が相当であると主張する。

当裁判所もこの算定方法を相当と認める。いずれも成立に争いがない甲第三六号証、同第三七号証の一ないし四によって認められる東京都江東区北砂三丁目四八二番及び同番三の土地に対する平成二年度ないし同四年度の各固定資産税及び都市計画税を基礎として本件各土地の使用損害金を算定する方法により算定すると、被控訴人の請求額のとおりであると認められる。

2. 当審における当事者の主張について

(一)  控訴人らの主張(一)について

合資会社の無限責任社員は、会社債務につきその債権者に対し無限の弁済責任を負うとともに、その資格において当然に会社の経営に当たるものであり、その全人格をもって会社の経営に関与する社員であるところ、当該合資会社が一人の無限責任社員と有限責任社員から構成され、しかも有限責任社員の出資の価額が名目的でありその権利の行使が予定されていないか又は実効性のない場合には、右合資会社の事業は、実質的には、当該無限責任社員の個人的事業と異ならないものというべきである。そして、旧借地法に基づく土地の賃貸借契約は賃貸人と賃借人との信頼関係を基礎とするものであるから、右のような合資会社が他から旧借地法に基づき土地を賃借した後、賃借当時の無限責任社員が交替した場合には、社員の地位の相続を認めている当該定款に従い相続により無限責任社員の交替が生じた等のときは格別、そうでない限り、無限責任社員の交替により右賃借権の譲渡がされたものと解すべきである。

そして、前示の認定事実に照すと、控訴会社の本件無限責任社員の地位の譲渡・交替は、本件各土地についての賃借権の譲渡に当たるものと解すべきであり、右譲渡につき被控訴人の承諾があったことについては控訴人らの主張・立証しないところであり、また、前示認定の事実関係に鑑みると、被控訴人と控訴会社との間の信頼関係を破壊するとはいえないような事情があるともいえないから、本件解除の意思表示は有効であるというべきである。したがって当審における控訴人らの主張(一)は理由がない。

(二)  控訴人らの主張(二)について

土地の賃貸借契約関係においては、賃料に関する債権債務のみでなく、多種多様な債権債務が生じ、しかもこれらは継続的なものであるから、これらの権利義務が誠実に行使され又は履行されるための基盤をなす賃貸人と賃借人との間の信頼関係が重要であることはいうまでもないから、控訴人らの主張(二)は、到底採用することができない。

(三)  控訴人らの主張(三)について

弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、本件解除の意思表示をした後においては、控訴会社が被控訴人の銀行口座に振り込んでいる金員を控訴人らの本件各土地の不法占有に基づく使用損害金の一部として、将来において充当することを予定して預かっていることが認められる(控訴人らも被控訴人も右金員を右使用損害金に充当する旨を主張していないから、被控訴人に控訴人らに対する使用損害金から右金員を控除することはできないものというべきである。)から、控訴人らの主張(三)も採用の余地はないものというべきである。

(四)  控訴人らの主張(四)について

合資会社の無限責任社員の交替は、単に会社内部の問題とはいえないことは、右(一)に説示のところから明らかであるというべきであるから、この点に関する控訴人らの主張(四)は採用の限りでない。また、前記認定の事実関係のもとにおいては、被控訴人の本件解除の意思表示及び本件各土地の明渡請求を権利の濫用もしくは信義則に反する違法なものとはいえないことが明らかである。したがって、控訴人らの主張(四)も採用することはできない。

二、以上説示のとおりであるから、被控訴人の控訴人らに対する本訴各請求は、すべて理由があるものというべきであり、したがって、控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、被控訴人の附帯控訴及び追加的請求に基づき、原判決中被控訴人の敗訴部分を取り消し、右部分に係る被控訴人の請求を認容し、当審における追加的請求を認容することとし、控訴審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決することとし、仮執行の宣言は必要がないものと認め、これを付さないこととする。

(裁判長裁判官 柴田保幸 裁判官 長野益三 伊藤紘基)

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